2018年8月より、日本で乳児用液体ミルクの製造・販売が解禁されました。
母乳代替品はこれまで粉ミルク(乳児用調製粉乳)が各社から販売されていましたが、今回新たに追加された液体ミルクは、災害などのストック用として注目されています。
現状は、多くの乳業メーカーは開発に着手しつつも”様子見”の状態。
というのも、乳児用液体ミルクがお母さんの手に届くまでに、コスト、マーケティング、販売、あらゆるフェーズに越えなければいけないハードルがあるのです。
そもそも解禁直後の乳児用液体ミルクは認知度が30%強という現状。
また、災害による要請で都が北海道に提供した液体ミルクが、使われないまま…というニュースも話題になりました。
ということで今回の記事は『そもそも液体ミルクって何なの?』というところから、栄養、コスト面など、消費者からは見えづらい部分まで解説していきます。
乳児用液体ミルク(調製液状乳)とは
はじめに|液体ミルクに関する法律はこうなった
乳児用液体ミルクを簡単に言うと”そのまま飲める乳児用ミルク”となります。
これまで日本で粉ミルクしか発売されていなかったのは、単純に液体ミルクという商品を定める法律がなかったから。そのため、災害時には海外からの輸入品が使用されることもありました。
その法律が改定され、製造・販売できるようになったのが2018年8月です。
牛乳、ヨーグルトやアイスクリーム、脱脂粉乳などの乳製品は『乳及び乳製品の成分規格等に関する省令(通称は乳等省令)』によって製造方法や規格(成分や分析項目など)が全て決められています。
2018年8月8日の改定では、新たに乳児用液体ミルク(種類別の正式名称は調整液状乳)が追加されました。
1 乳等省令関係
乳及び乳製品については、食品衛生法(昭和 22 年法律第233 号。以下 「法」という。)第 11 条第1項及び同法第 18 条第 1 項に基づき、乳等省令 により規格基準が定められており、これまで、乳幼児を対象とする食品として「調製粉乳」が定義され、その規格基準等が設定されていたが、今般、調製粉乳と同様に乳幼児に必要な栄養素を加えた液体状の乳製品(以下「調製液状乳」という。)の安全性を確保するため乳等省令を改正し、調製液状乳の定義及び必要な成分規格等を設定することとしたこと。
2 告示第370号関係 乳等省令において、調製液状乳が新たに規定されたことから、添加物の使用基準の一部を改正することとしたこと。
この法令をまとめると、調整液状乳、すなわち液体ミルクは、
- 乳製品を原料とし、赤ちゃんに必要な栄養素を加えたもの
- 乳中で発育できる微生物は全て殺菌されている状態とする
- 常温保存できる(常温以下を保存条件とする)
- 包装は通常の乳飲料と同じとする
という商品になります。
”乳幼児に必要な栄養素”については、これまでも製造販売されている粉ミルクと同じ成分規格になります。成分については詳しく後述しましょう。
また、乳幼児向けの食品や介護食などは、喫食者の免疫力が低くなります。
さらに液体ミルクは保存食としての機能も期待されており、海外品は賞味期限は常温保存で半年〜1年ほどとなっています。
そのため”発育できる微生物:陰性”、”細菌数:陰性”という規格は、食品の中でもかなり厳しい基準になります。
通常の食品は”保存期限内で確実に食中毒を起こさない”の微生物規格が基本となるため、陰性…すなわちゼロが基準となる食品はほとんどありません。
例えば、アイスクリームの規格では細菌数は1gあたり10万以下までOKとなっています。
ここ最近はメーカーも品質保証などを強化しているため、規格より数ケタ低い値まで微生物数は抑えられますがね。
常温保存できる&乳幼児向けということで、液体ミルクはかなり厳しい成分規格、殺菌基準が設定されています。
液体ミルクの成分|”母乳代替乳”に必要な栄養素とは
液体ミルク(調整液状乳)という製品は、消費者庁から特別用途食品という認可を取らなければ”母乳の替わりとなるミルク”として販売できません。
参考:「特別用途食品の表示許可等について」の一部改正について|消費者庁
定められた成分は以下の通り。
なお、粉ミルクと液体ミルクは同じ成分規格となります。
(最初から標準濃度に溶けているかいないかの違い)
標準濃度 | 100mLあたり60〜70kcal |
成分 | 組成(100kcalあたり) |
たんぱく質 | 1.8~3.0g |
脂質 | 4.4~6.0g |
炭水化物 | 9.0~14.0g |
ナイアシン | 300~1500μg |
パントテン酸 | 400~2000μg |
ビオチン | 1.5~10μg |
ビタミンA | 60~180μg |
ビタミンB1 | 60~300μg |
ビタミンB2 | 80~500μg |
ビタミンB6 | 35~175μg |
ビタミンB12 | 0.1~1.5μg |
ビタミンC | 10~70mg |
ビタミンD | 1.0~2.5μg |
ビタミンE | 0.5~5.0mg |
葉酸 | 10~50μg |
イノシトール | 4~40mg |
亜鉛 | 0.5~1.5mg |
塩素 | 50~160mg |
カリウム | 60~180mg |
カルシウム | 50~140mg |
鉄 | 0.45mg以上 |
銅 | 35~120μg |
セレン | 1~5.5μg |
ナトリウム | 20~60mg |
マグネシウム | 5~15 mg |
リン | 25~100mg |
α-リノレン酸 | 0.05g以上 |
リノール酸 | 0.3~1.4g |
カルシウム/リン | 1~2(比率) |
リノール酸/α-リノレン酸 | 5~15(比率) |
この成分規格を満たし、法的に認められたものが乳児向けの液体ミルク、および粉ミルクとなります。
今回の法改定で、セレンの基準が追加されましたが、これも粉ミルク、液体ミルクどちらにも適用されています。
栄養成分については以下の記事で詳しくまとめています。
これらは限りなく母乳に近づけた成分となっています。
ただし、母乳の重要な成分である抗体は赤ちゃんに免疫力をつける役割を持ちますが、粉ミルク、液体ミルクには含まれておりません。
いわゆる母子免疫、受動免疫と呼ばれるものですね!
できるだけ産後初期は母乳育児が望まれますが、これは粉ミルク、液体ミルクメーカーにとっては悩みのタネにもなっています。
液体ミルクのメリットは?
- 母乳代替品のストックになる
- 粉ミルクが作れない時にもすぐ使用できる
- 海外からの旅行者も利用しやすい
これが乳児用液体ミルクの特徴になります。
このタイミングで承認されたのは、東京オリンピックの開催も影響していると言われています。
海外には液体ミルクの方がなじみ深い国もありますからね。
粉ミルクより優れている点は、やはり時短。
殺菌、調製が必要ない液体ミルクはお手軽ですが、その分、保管スペースが問題になるかもしれません。
あと気になるのはやはりコスト面…
ここからは乳児用液体ミルクの製造・販売で懸念されているデメリットについて解説していきます。
乳児用液体ミルクに関する3つの懸念
液体ミルクは”宣伝”できない!?WHOによる母乳推奨と『制約』
母乳に含まれる免疫物質は、赤ちゃんの抵抗力を育てるのに役立ち、WHO(世界保健機構)も生後6ヶ月は完全母乳育児を推奨しています。
これは、母乳の機能だけではなく、発展途上国を中心に、不衛生な水で粉ミルクを作り、赤ちゃんが死亡する事例が多発したことによります。
本来、粉ミルクを使用する前には器具の殺菌、ミルクの調製・殺菌、冷却という流れが必要ですが、多くの途上国では細菌だらけの水がそのまま使用されているのが現状です。
加えて、
- 授乳により母乳分泌が活性化する(≒母乳代替品のみを使用すると母乳分泌が不活発に)
- 家系の圧迫により、薄めた粉ミルクやなど、不適切な授乳をする可能性
などを理由に、WHOは粉ミルクの宣伝・販売には大きな制約を作りました。
WHOが定めたガイドラインをカンタンにまとめてみます。
- 消費者に、母乳代替商品を宣伝、広告してはいけない。
- 新人ママや妊婦、医療従事者にサンプル品を提供してはいけない。
- 医療従事者は母親に母乳代替品を手渡してはいけない。
- 保健医療施設への製品の売りこみ、あるいは無料提供や低価格での販売をしてはいけない。
- 母親へ直接セールスしてはいけない。
- 商品のラベルには、母乳代替品を促進するような表現をしてはいけない(赤ちゃんの絵や写真を含む)。
- 医療従事者は科学的で、事実に基づく情報を提供されるべきである。
- 母乳代替品の情報を提供するときは、必ず母乳育児のメリットを説明し、人工栄養のデメリットを説明しなければいけない。
- 乳児用の食品として不適切な商品を乳児用として販売してはいけない。
【参考】Global strategy on infant and young child feeding、International Code of Marketing of Breast-milk Substitutesなど
と、かなりキビシイ基準…。
ただ、これらはあくまでもガイドライン。
一部の国ではこれらを法制化していますが、日本ではまだ法的拘束力はありません。
日本では粉ミルクの試供品などは配布されている反面、CMなどには自主規制が効いていますね。
粉ミルクを販売している森永乳業のオウンドメディアでも、母乳育児を推奨しています。
商品ラベルを見ても『母乳に近づけています』など、母乳がベストであるという前提でPRされていますね。
お母さんの体調、体質が母乳育児に合わないときや、災害などの緊急事には粉ミルク、そして液体ミルクは心強い味方になります。
しかし、メーカーは粉ミルク、液体ミルクを不用意にPRできないというジレンマもあるわけです。
液体ミルクは高級品に?粉ミルクとの値段を比較すると…
液体ミルクは一部の国ではどこでも売っている商品です。
イギリスの大手スーパーマーケット(Sainsbury’s)で液体ミルクの値段を検索してみると…
6本セット(哺乳瓶タイプ)で100mLあたり1.90ポンド(約280円-2018.9時点)
ボトルタイプ(別売りの吸い口や、哺乳瓶への移し替えが必要)では単品で100mLあたり0.43ポンド(約64円-同)
800gの粉ミルクでは14ポンド(約1470円-同)でした。
これを規定量(13.5g/90mL)溶かした時で、100mLあたり0.27ポンド(約40円-同)
液体ミルクは粉ミルクの約1.5倍の価格になっています。哺乳瓶タイプは少し高価ですね。
粉ミルクを作る手間を考えれば妥当なところでしょうか?
ちなみに日本の粉ミルク…明治『ほほえみ』を例にすると、800g缶の相場がおよそ2,500円ほど。こちらは100mL分は約14gなので…計算すると100mLあたり約43円となります。
こう見ると、イギリスと近い相場に落ち着きそうですね。
現状の設備で作りづらい液体ミルク
日本で流通するのは早くても19年半ばとされています。
これは既存設備で液体ミルクを製造するのが難しく、メーカーも新たなライン構築や、そもそも参入するかどうかを考えなければいけないからです。
検討すべきポイントとして、
- 普通の飲料より厳しい殺菌条件(賞味期限の確保)
- 貯蔵、輸送場所の確保(粉よりスペースを取る)
- 特別用途食品の許可手続き
- 前例のない商品の品質保証
さらには宣伝、PRにも倫理的なハードルがあり、正直『売りづらい』というのが本音でしょう。
これを、流通しうるコスト、すなわち粉ミルク×1.5倍という価格で提供しなければいけないため、既に粉ミルクを製造しているメーカーにとってもハードルが高い商品なのです。
おわりに|乳児用液体ミルクの展望
乳児用の粉ミルクも液体ミルクも、利益というよりは社会貢献に近い反面、確実に需要があるジャンルでもあります。どれだけのメーカーが参入してくるかは未知数…
ただ、ここ数年の災害事情もあり『常温保存でき、赤ちゃんにそのままあげられるミルク』の需要は急上昇中!
母乳は栄養、免疫ととても優れた機能を持っていますが、母乳育児が難しいシーンはたくさんあります。
適切な形で、日本でもできるだけ早く流通して欲しいですね。それでは。