『集団食中毒』
毎年、病院や学校、レストランなどで起こった事件がニュースになりますね。
しかし、報告されているだけでも年間2万人を超える食中毒患者の中には、もちろん家庭内での食中毒も含まれます。
今回は家庭でできる食中毒の予防をテーマに、食中毒の原因や予防策、原因となる病原菌の種類や症状などを一気に解説していきます。
内容は全ての料理する人、特に子供や家族、友人など、人に食事を与える人へ向けて。
あなたがうっかり加害者にならないために、これくらいの知識は常識として知っておくべき範囲をまとめましたので、ぜひ参考にしてください。
食中毒のきほん
僕の本職は食品メーカーの研究開発職ですが、仕事の一環で、HACCPなど工場や研究所レベルでの衛生管理にも少しタッチしています。
ここでは、飲食店や家事レベルの衛生管理に役立つ食品衛生責任者の講習内容をベースに、各知識をかみ砕いて解説していきます。
【参考】新訂食品衛生責任者ハンドブック、厚生労働省(食中毒統計・調査結果)、Newton(食品の科学知識)など
食中毒の種類
食中毒には微生物(細菌、ウイルス、真菌・カビ)、動物の毒素(フグ、一部の貝など)、植物の毒素(きのこ、じゃがいもなど)、寄生虫、農薬などの化学物質によるものがあります。
それぞれ感染経路が全く違うため、食材にあった対策が必要ですが、まずは食中毒の予防に共通する基本動作を覚えておきましょう。
どの項目もよく言われていることです。
子供がいる家庭では当たり前にやっていることだと思いますが、抜けがないか確認しておきましょう。
食中毒の予防法まとめ:”しなきゃいけない”と”してはいけない”
手洗い、食器洗浄
手洗い、皿洗いは当たり前ですが、マズイのが汚れが落ちていないのに洗った気になること。
例えば、手洗いで注意するのは、手のひらをスリスリすることではなく、食べ物に触れやすく、汚れが溜まりやすい爪や指の間です。下の写真を見るとわかりやすいでしょう。
この部分の汚れが取れないと、意味のない手洗いになりますよ。
食器洗いはお湯、水、洗剤の種類など…洗い方がよく議論されますが、一番大事なのは、食べ終わったらまず”すすぐ”ことです。
一般家庭の食事汚れなら、普通の洗剤で洗えば特に問題なし!
動物性の油汚れは、温かいお湯ほど落ちやすいため、お風呂程度のお湯で洗うのが一番効率的でしょう。
一部のタンパク汚れは高温で凝固しますが、普通は洗剤で落ちないほどではありません。
食器洗いで唯一のタブーは、”汚れがついた状態”で長時間放置すること!
食べ終わった食器をあとで…翌朝、もう翌日…
この間に病原菌が繁殖してコロニーを作ったり、油が酸化重合したり…汚染は進み、どんどん落ちにくくなります。
- 食べたらすぐ洗う。
- 皿洗いまで時間を開けるなら、せめてすすいでおく。
細かい”洗い方”よりも、まずはこういった基本を忘れずに…
ただしく保存する
食中毒予防は『つけない(汚れの付着防止)』『ふやさない(病原菌の増殖防止)』『やっつける(殺菌、消毒)』が3原則と言われます。
黄色ブドウ球菌や大腸菌など、一般的な病原細菌は10℃以下で増殖がかなり遅くなり、マイナス10〜20℃で完全に増殖が停止します。
食材を開封した時点で、病原菌ゼロはありえません。
冷蔵保存の食材はすぐ冷蔵庫に入れるなど『増やさない保存』を心がけましょう。
また『消費期限』を守ることも必須。
”おいしさの担保”に過ぎない賞味期限1よりも、劣化しやすい食品が安全に食べられる期間を示している消費期限の方が重いです。
加熱、殺菌
『1日寝かせたカレーが美味しくなる』に関して、今は危険だと認識している人が多いですね。2
煮物やカレー、シチューなどの前日調理や”寝かせ”は後述の『黄色ブドウ球菌』や『ウェルシュ菌』といった食中毒の原因にもなります。
ある程度の作り置きはしかたないですが、その場合は冷蔵庫で保管し、食べる前に(お弁当に入れる場合は朝に)加熱殺菌が必須です。
(常温保管は論外)
生ものと加熱食品を交差させない
多くの人がやらかしているのがコレ!
例えば、口に運ぶ箸で生肉を触ったり、生肉を切ったまな板を洗わずにサラダの野菜をカットしたり…
病原菌がついている生もの(主に肉)と、生食するサラダや、調理済の料理を交差させるのは厳禁です!
まな板では最初に生食する食材を、その後に加熱する食材をカットしましょう。
微生物による食中毒まとめ:知らないとヤバい菌はこれ!
ここでは食中毒を起こすメジャーな病原菌、または症状が重くなりがちな病原菌に絞って、原因と対策をまとめていきます。
サルモネラ菌の原因と対策
サルモネラ菌 | |
菌の性質 | 自然界に広く生息。 細胞に侵入し感染。加熱に弱い。 |
おもな原因 | 生肉や鶏卵、 亀などのペット及びその糞便。 感染者の糞便など。 |
症状 | 腹痛、嘔吐、下痢、発熱。 成人は胃痛程度。老人、子供は重篤化しやすい。 |
予防法と対策 | ペット由来の事例が多いため、動物に触れた後は手を洗う。 生肉、生魚の生食を避ける。 鶏卵の割り置きを避ける。 |
サルモネラ菌と、後述のカンピロバクターのポイントは『生モノの放置』と『動物』です。
近年は事件が減っているもののメジャーな食中毒です。
家庭では特に鶏卵とペットに注意!
いずれも学校で、卵の割りおきや、飼育動物を触れた手で食事したことが原因で集団食中毒につながっています。
手を洗って食材をよく加熱(75℃〜)すれば予防はかんたんです。
カンピロバクターの原因と対策
カンピロバクター | |
菌の性質 | 発症までの潜伏期間が数日間と長い。 数百個程度の少ない菌数でも感染する。 加熱に弱い。 |
おもな原因 | 家畜やペット。鶏の保菌率が高い。 |
症状 | 下痢、腹痛、発熱、血便など |
予防法と対策 | 生肉、特に鶏肉の生食を避ける。 |
潜伏期が長い上に、少ない菌数でも感染しやすい菌ですが、知名度が低いため、近年ではノロウイルスとともに感染者の多い食中毒の1つとなっています。
食中毒の原因として、ここ数年は事件数、患者数ともにノロウイルスに次いで2〜3位と上位を維持していますね。
鶏肉刺し身による集団食中毒の事例もあります。鶏肉はとくに保菌率が高いため、家庭での生食は避けましょう。
ボツリヌス菌の原因と対策
ボツリヌス菌 | |
菌の性質 | 自然界に広く分布。毒素生成型。 酸素があると増えない。 芽胞を作るため、熱耐性が高い。 |
おもな原因 | 密閉、真空包装商品 はちみつなど |
症状 | 毒素による嘔吐、視覚障がいなどの神経症状 重症だと呼吸困難などで死に至る |
予防法と対策 | 密閉食品の正しい保存 |
ボツリヌス菌については以下で詳しく解説しています。
蜂蜜と乳児ボツリヌス症:5分でわかる子育てに重要な食中毒の基礎知識
レトルト品は高温高圧殺菌(120℃〜)が必須のため、ボツリヌス菌は死滅していますが、中にはただ密閉しただけのまぎらわしい食品もあります。
酸素があると増えないため、汚染しにくい菌ですが、特に消化器が未発達の乳幼児では発症、重症化しやすいため、離乳食はよく選びましょう。
とくに自家製で缶詰、ビン詰めにしたり、パックした食品は汚染されやすいので、冷蔵保存を厳守して、食べる前にしっかり加熱しましょう。3
黄色ブドウ球菌の原因と対策
黄色ブドウ球菌 | |
菌の性質 | ヒト常在菌。 感染型(化膿など)と毒素型(食中毒)の症状がある。 発症までの潜伏期は2時間程度と早い。 |
おもな原因 | 不潔な手、化膿した手での調理 食品の前日調理や常温保存 |
症状 | 吐き気や下痢、腹痛など |
予防法と対策 | 食品を長時間常温で置かない |
事件数は少ないですが、戦後最大4の集団食中毒である、2000年夏の雪印乳業での集団食中毒事件の原因菌です。
原因は乳製品の成分調整に使われる脱脂粉乳。
脱脂粉乳は、油分を抜いた牛乳をパウダー化したものですが、製造中の停電が原因でラインが止まったことが事の始まり。
その間に、ブドウ球菌が増殖、毒素が生成され、集団食中毒につながりました。
黄色ブドウ球菌の特徴は『熱に強い毒素』を生産する事です。
毒性はボツリヌス毒素より低いですが、耐熱性がとにかく高い。
この事件のポイントは、停電中に常温で置いた原料を再び加熱して商品にしたことです。
菌自体は死んでいましたが、残った毒素が活性を保ったまま流通しました。
黄色ブドウ球菌の事件は『食品の常温放置』が原因となります。
この菌は化膿の原因にもなるヒト常在菌なので、完全に避けることは不可能です。
手洗いと保存条件に注意しましょう。
病原性大腸菌の原因と対策
病原性大腸菌 | |
菌の性質 | 大腸菌のうち病原性を持つ一部の菌。 潜伏期は3日程度。熱耐性は低い。 腸管出血性大腸菌のO-157は感染力が非常に強く、100個程度で感染する。 |
おもな原因 | 糞便や家畜。 手洗いの不足。 不十分な衛生管理。 |
症状 | 腹痛や下痢、発熱。 O-157では激しい腹痛に加え、腸管の出血と血便を起こし、生産するベロ毒素は尿毒症や脳症を引き起こして死に至ることもある。 |
予防法と対策 | 手洗い、低温保存の徹底。 |
特に珍しい菌ではなく、熱や洗剤に弱いので、食器の洗浄と手洗い、正しい保存で予防できます。
しかし、病原性大腸菌、特にO-157は感染力が強いため、感染者の吐瀉物などから簡単に二次感染します。
肉の表面や内臓、井戸水などに多いため、これらを扱うときは殺菌、消毒を徹底しましょう。生食するときは新鮮なうちに。
ノロウイルスの食中毒
ノロウイルス | |
菌の性質 | ヒトの腸管で増殖できるウイルス。潜伏期間は2日程度。 空気中に浮遊しやすく、二次感染しやすい。 ウイルスの構造上、アルコール殺菌が効きにくい |
おもな原因 | カキなどの二枚貝の生食。 感染者の吐瀉物、飛沫など |
症状 | 吐き気、腹痛、下痢 |
予防法と対策 | 生食用カキの正しい取り扱い。 正しい感染者対応など |
ノロウイルスは食品内では増えず、ヒトの腸内で増殖するウイルスです。
乾燥すると空気中に漂い、2週間以上不活化しないこともあるため、非常に二次感染しやすいウイルスです。
1次感染はカキの生食が主な原因ですが、海産物について『ノロウイルス陰性』という基準がない地区も多く、食べる場合はある程度のリスクは許容すべきでしょう。
しっかり衛生管理されている場所では、二枚貝は提供前に殺菌用の海水で洗浄されます。
また、インフルエンザと異なり、アルコール消毒が効かず、消毒にはハイターなどの塩素系薬剤が必要です。
『インフルエンザウイルスとノロウイルスの違いと対処法』5月下旬にUP予定!
その他の微生物による食中毒
コレラや赤痢なども有名ですが、日本では事例が少ないため割愛します。
日本で患者数の多い食中毒は、他に腸炎ビブリオやウェルシュ菌などが挙げられます。
腸炎ビブリオは魚介類の生食が原因となり、増殖が早いため、新鮮なうちに食べましょう。真水洗浄に弱いことも特徴です。
ウェルシュ菌はカンピロバクターや黄色ブドウ球菌など、食品の常温放置が原因となります。患者数は多いものの、比較的重症化しにくい食中毒です。
また、日本では稀ですが、エルシニアによる食中毒(エルシニア症)は敗血症など重症化することもあります。
鳥類以外の動物の糞便や生肉が原因で、特に生肉のドリップにより冷蔵庫全体が汚染されることもあります。学校や飲食店では要注意の病原菌です。
その他の食中毒
微生物以外には、フグ毒(テトロドキシン)や、寄生虫アニサキスなど動物由来の食中毒、キノコやジャガイモなど植物由来の食中毒、例外的ですが、貝による有毒物質や重金属の蓄積なども原因となります。
魚介類に多いアニサキスなどの寄生虫は加熱、冷凍で処理すれば死にますが、肉の中央にいた場合は加熱不足となることもあり、冷凍と解凍による処理が確実です。
普段、私たちが食べる植物ではジャガイモの芽(ソラニン)による食中毒が有名ですね。
芽が出て、特に緑色に変色した部分は危険サイン!
また、小学生以下の子供では大人の1/10の毒量でも発症するため注意しましょう。
食中毒になってしまった時
二次感染を避けることが最重要
すでに発症し、嘔吐や下痢などの症状が出ている場合は、清潔な格好ですぐに病院に行きましょう。
二次感染を防ぐために隔離される場合もあるため、事前連絡を忘れずに。
飛沫感染を防ぐため、マスクも必要です。
潜伏期間や、症状がおさまった後でも、他人に移す可能性があることを忘れずに。
食中毒で『ゲロを吐いた時』の対処法
食中毒による吐瀉物などの処理はノロウイルス前提で対応しておけば間違いありません。
- 処理する人はゴム手袋、マスクをつける。
- ゴミ袋を準備する。
- 吐瀉物を広げないようにペーパータオルなどでつまみとる。
- 100倍に薄めたキッチンハイターで浸すように周囲を拭き取る。次亜塩素酸ナトリウムで200ppm(=mg/L)以上だとノロウイルスは即座に不活化する
(※危険:塩素ガスが発生するため、換気に注意) - ゴミ袋を2重にして廃棄する。
着ていた衣類、汚れたシーツなどは廃棄するか、同濃度の塩素系薬剤に浸漬して消毒、洗濯する。
ノロウイルスを始め、ウイルスはアルコールでは死滅しにくいものも多いため、(キッチン)ハイターなどの塩素系漂白剤が必要です。こちらはウイルスにも細菌にも効果的です。
飲食店や病院などでは、このあとスチーム殺菌などを行いますが、家庭ではこれくらいが限度でしょう。
ただし、乾燥して空気中に浮遊したノロウイルスは、数週間は感染能力を持つため、処理後しばらくは換気やマスクの着用などを意識しましょう。
まとめ
おそらく何人かはこの時点で『めんどくさい』と感じたでしょう。
そもそも少しくらい病原菌を食べたところで、健全な大人は食中毒症状を起こしません。
ノロウイルスやO-157など感染力や症状が強力なものを除き、健康な大人が少し食べてもなんともないか、腹を下すだけ。
問題は、症状が出なくても『保菌者』として周囲の乳幼児や老人、体調の悪い人など、免疫力の低い人に感染させてしまうことなのです。
その状態で、子供にキスしたり、体調の悪い人に触れたら…
こういうことに無頓着で不潔な人ほど、責任を逃れようとしたり、他人の迷惑を顧みないですからね…。
買った食材はすぐ冷蔵庫に、食べる前や帰宅後は手を洗って、汚れた食器は貯めない。
これだけでほぼ全ての食中毒は防げるので、楽なもんですよ。
特に夏は病原菌が増えやすい季節。
”いつも通りの生活”をしているだけで、自分が加害者になるかもしれません。
自分の子供や周りの人が苦しんでも平気なら好きにすれば良いですが、そうでない人はしっかりと対策していきましょうね。